能登の揚げ浜塩田は記録によると慶長元年(1596年)に開始されたといわれています。
それを加賀藩三代藩主前田利常公が農民救済の為に「塩手米制度」を作り能登一帯に奨励していたそうです。これは藩の自給米を確保する目的を兼ねていたそうです。この「塩手米制度」は田畑の少ない農民に米を貸し与えその代わりに塩を納めさせていたもので玄米一石につき塩9表の割合だったそうです。
能登の伝統的な製塩法です。満潮になっても海水が流れ込まないよう高台に造られた塩田を言います。塩田は粘土で塗り固められた地盤の上に細かな砂を敷き詰めてできています。その砂に海水をまき太陽と風の力で水分を蒸発させ、砂の粒子に塩分を付着させ沼井(ぬい)と呼ばれる木枠に集め、上から海水をかけ濃い塩水(かん水)を造り、大きな釜で煮詰めて塩を取り上げます。単純で原始的ですが経験と勘が必要な作業です。
海水を小枝やネットに散布して塩分濃度を上げる方法です。
新海塩産業は天然のよしずを利用しこの流下式を行っております。雨が入らず風が吹き抜ける壁の建物内一杯によしずをかけ、海水を霧状に散布し一週間から十日、10%以上になるまで循環していきます。そうして出来たかん水を大釜で煮詰め塩を取り上げます。季節に関係なく一年中塩の製造が出来、安定して提供できます。
石油からできるエチレンとともに塩化ビニルの原料となったり、せっけんや紙の製造にも塩は使われます。革製品の製造にも必要ですし染料、合成ゴム(タイヤなど)色々な化学薬品の製造などにも使われているそうです。
年間約960万トンの塩が使われている日本。しかしその85%は輸入に頼っているそうです。食用には13%ほどに過ぎず、そのほとんどが工業用の原料となり用途は多岐にわたっています。
水は0度で凍りますが濃い塩水はマイナス21度まで凍らないので道路の凍結防止にも使われています。






